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“授かり”の確率を上げるために②
~人知れず戦ったふたりの12年、その後に~


手

体外受精とは、卵子と精子を女性の体内ではなく、外で受精させてから女性の子宮内に入れて着床させる不妊治療の方法です。
こう書くととてもスマートな方法に感じますが、現実には受胎の確率を上げるために大変な努力と費用がかかるということを、前回の取材に応じてくれた慎也さんが話してくれました。(“授かり”の確率を上げるために①はこちら

慎也さん夫妻は、結婚してから数年のあいだに2回の流産を経験しました。自然にまかせていたお二人ですが、2回目の流産ののち、奥さんが妊活に取り組んでみようと言い、二人で病院を探しました。
最初に驚いたのは体外受精にかかる費用の金額です。自治体などの助成金が出るのは人工授精まで(回数などの制限もある)で、体外受精は全額が自己負担です。
一回に3~4万円もかかり、病院を替えてみたりもしましたが、特に安い病院があるわけではない。また、お金をたくさん払ったら授かるというものでもない。妊活に取り組んだ多くの人が言っていることですが、

「“こんなにやって出来なかったのだから、やめ時なのかも”という思いと、“でも、次の1回で妊娠するのかも知れない。ここでやめたら、今日までの苦労が無駄になってしまうのかも知れない”という思いのジレンマに悩み続ける」

というのが妊活の苦しさなのです。
医療技術の進歩は、これからも受胎の確率を上げ続けると思いますが、それは「確実に受胎できる」ということとは関係ありません。体外受精と体外受精のあいだのお休み期間に妊娠した、という人も少なからずいます。

慎也さん夫妻は年間に4回ぐらい、通算で40回以上の体外受精を行いました。期間は12年間におよび、1千万円に近い費用をかけました。
でも、慎也さんは「いちばん辛かったのはお金じゃなかった」と言います。

苦痛に耐える妻をただ見守っているしかない、という苦悩

採卵

まず、体外受精で必ず行われる“採卵”でした。
膣内を超音波で見ながら、細い針で卵胞を刺して卵子を吸引します。麻酔をかける場合とかけない場合があり、慎也さんの奥さんは無麻酔だったため激痛だったのです。

「何回かやると、何か月か休まないといけない期間があります。僕はこの期間がうれしかった。彼女の体に負担をかけないで済むことが」
もちろん妊娠は慎也さんも望んでいたのですが、
「心の中で何が一番かというと、やはり嫁さんの体でしたから」
子どもがほしい気持ちがどんなに強くても、目の前で奥さんが痛がっているのを見ると、無理に妊活を続けなくてもいいと思う男性は少なくありません。
「フィフティフィフティで頑張っているとは言えないじゃないか」と、慎也さんの心に後ろめたさがつのりました。

こうして採卵しても、何個採れるかは採ってみないとわかりません。そのうち何個の卵子を体外受精させるか、を医師からきかれます。もちろん一個ずつに費用がかかります。
「卵子ひとつが5万円ぐらいでした」
と、非常に高価な金額です。新しい命の値段ですから、高くても当然だと誰もが思います。しかし、採卵して精子と合わせれば必ず受精するわけではない、という厳しい事実に直面します。
もちろん、採った中からより妊娠しやすい元気の良い卵子を医師が選んでくれます。でも、何個の卵子を受精させるか、はそのつど二人で話し合って決める重要事項であり、未来への賭けであることは否めません。

うまく受精できたかがわかるのは翌日です。この段階で、精子が二個入ってしまってダメになることもあります。受精できた卵子があると、2日目から6日目にかけて胚の分割が起こり、病院はその発育を監視しています。
「その間、病院からメールが来ます。2つに分割しました……4つに分割しました……と報告を受けるんです」

うまく胚分割できた状態の良い胚を一個えらび、特殊な移植用チューブで女性の子宮内に戻します。後はめでたく出産となる日を待つだけ……かと思いきや、まだ苦労がありました。

せっかく子宮内に入れた胚を確実に着床させるために、子宮内の黄体ホルモンを自然妊娠しているときと同じレベルに保つことが必要です。そのために黄体ホルモンを筋肉注射するのですが、決まった時間に注射しなければならないので、通院ではなく自己注射しなくてはいけません。
「片方のヒップを縦横に分割すると4つのゾーンになりますよね。一箇所を選んで注射するんですが、打ったところは硬くなって針が入らないので、場所を変えて打っていきます」

筋肉注射は痛いし、ヒップに自分で打つのはむずかしいので、注射するのは慎也さんです。
「真夜中に起きて打つこともあったし、朝早くってこともあったし。午後2時ごろに打たないといけないときがあって、彼女も仕事の真っ最中で家に帰れない。考えて、カラオケボックスに入って注射しました。怪しまれないように、彼女はマイクを持って歌い、防犯カメラに映らない位置でお尻を出して注射して……」
注射後の針の処理をしながら、まるでいけないことをしているような気持ちになったそうです。

「赤ちゃんはどこから来るの? 私はどこから来たの?」

医療技術

「日本は妊娠できない不妊治療大国」という指摘があります。体外受精実施件数は世界一、医療技術の水準も高いのに、体外受精による出産率は世界最低レベルなのです。
一方、台湾のように、件数が少ないのに出産率が高い国もあります。そこで著名な医師が来日して妊活セミナーを開いていますが、いつも満員盛況。セミナー参加者が渡航して台湾で体外受精を行う、という事例がふえています。
「メリットは、費用が安いこと。それと、日本では認められていない薬が使えること」
そこは日本人のための病院で、スタッフも日本人。台湾なら渡航費、滞在費も安いですし、日本の病院にいるような感覚で不妊治療できるとあって、利用者がふえています。

慎也さん夫妻も3回台湾で体外受精を行いました。
「ただし、台湾から戻るたびにパスポートはシュレッダーにかけ、失くしたことにして再発行してもらいました。僕らが死んでから、子どもがパスポートを見て、何をどう思うかわからないと思って。職場の休みをとるときも、妊活だとバレないように気を遣いました」
現在、日本では小学校就学時のクラスに1人は、自然な受胎以外の方法で生まれた子どもであることがわかっています。人工的な受胎を経て生まれたお子さんは、どんどん増えているのです。
しかし、そのことをお子さんにいつ誰がどう伝えるか、あるいは伝えないのか、というのはまた別な問題のようで、ネット上で見ただけでもさまざまな意見がありました。
自分がどこから来たのか、は小さな子どもが一度は抱く疑問で、必ず親に質問してきます。しかし、年齢が低いうちに受胎から妊活までを理解させることはむずかしいでしょう。
自然受胎以外の方法で誕生することは恥ずかしいことでも、異常なことでもありません。お父さんとお母さんが望んで、努力して、この世に誕生したかけがえのない命だということはいつか伝えてもいい、いつか伝えたい、と考える親御さんは多いです。しかし、両親以外の人から伝わることは避けたい、と皆さん思っているようです。

子どものいる人生は素敵、だけど……

子ども

「お子さんはまだ?」
何気なく、むしろ希望にあふれた楽しい話題のつもりで、こんな言葉を口にする人は少なくありません。中には、「いつまでものんびりしていると、卵子が老化して産めなくなっちゃうわよ?」などと言う人もいます。アドバイスしているつもりで言っていて、その言葉が相手を傷つけていることには気づいていません。
「悪気なく言うってことが、いちばん悪いです。その人がすでに不妊と戦っていたら、どう感じるか想像してほしい。できない理由があったら、あきらめがつくんです。僕らだって、嫁さんと二人で別の人生を選択したと思う。でも、出来ない理由がないからどこまでも希望に賭けてしまうんです」
慎也さんと同じ思いの人は、私たちが想像するよりずっとたくさんいるはずだ、とあらためて思いました。

慎也さん夫妻は、奥さんが50歳になったら妊活を中止しよう、と話し合いました。できることはやり尽くした、と言っていい12年間だったことでしょう。私は夫妻の結婚前からの友人なので、この二人は何年たっても仲がいいなあ、と思って見ていたのです。
今回の取材で、二人がその間ずっと妊活に取り組んでいたことを初めて知りました。
「別の人生を考えようと、養子縁組について勉強もはじめた。そんな矢先、妊娠がわかったんです」
二人が決めたタイムリミットの寸前でした。一般的には45歳でやめる人が多いことを考えると、限界までがんばってよかったとお二人は思ったことでしょう。

日本の体外受精数が、件数が世界一なのに出生率が著しく低い原因が、「なんでも自然が一番とする日本特有の思考」にあるという意見があります。なるべく自然妊娠を待とうとして、妊活の開始年齢が他国よりかなり高いという指摘です。
「妊活は戦いで、一回一回が勝負で、僕たちはその中で何となく50歳までと思うようになりました。若いうちに、リミットが差し迫る前に考えて、話し合っておくといいと思います。子どものいる人生は素敵だけど、子どものいない人生も素敵だということもふくめてです」
長い妊活を経て、一度は養子縁組という選択も考えたのちに父になる慎也さんの言葉を、ここまで読んでくれた皆さんに贈ります。お二人は今、お子さんの誕生にそなえて出産準備をしながら、保育園申込の真っ最中だそうです。