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LIFE & BODY

40歳までに産まなければダメですか?②
~卵子凍結から考える「生殖」と「わたしの一生」~


「卵活」は贅沢品?

卵活

いつも通っている美容院で、オーナーに二人目のお子さんが生まれたので出産の話題になりました。卵子凍結の記事をまとめてみたいというお話をしたところ、「うちのサロンのお客さん3人が凍結しましたよ」と、言われてびっくり。
えっ、まだそんなにポピュラーにはなっていないはず、不妊治療のまちがいでは、とくわしく聞いてみたら、
「浦安市が少子化対策の一環として、順天堂病院と提携して卵子凍結の希望者に助成金を出しているそうですよ。うちのお客さん、それで三人も浦安へ引っ越したんですよ」
というお話でした。
卵子凍結に対して関心を寄せる女性がふえていることがわかります。今すぐに結婚の予定がない、いつ出産できるか今はわからない、という女性にとって「今のままの卵子を保存できる技術」は願ってもない福音なのです。

実は、健康な女性が凍結保存した卵子から出産したのは、国内では2015年がはじめてでした(注1)。
卵子凍結とはどんなことをするのか―
薬で卵巣を刺激して、排卵直前の状態まで成熟させた卵子を採卵し(注2)、マイナス196度の液体窒素タンクに入れて凍結保存します。結婚して子供を持ちたいと思ったときに解凍して顕微授精(体外受精)を行い、受精卵を子宮内に戻すのです。
こんな素晴らしいテクノロジーが開発されたのに、まだ出産例が少ないのは、卵子凍結にはいろいろとむずかしい課題が残されているためです。

まず、健康保険の対象外ですから高額な費用がかかります。数年あるいはもっと長く完全管理状態で卵子を保管しますから、トータルで数百万円の出費になることを想定しなければなりません。
抗癌治療を受ける前に卵子を採り出して保存しておく、というような緊急性の高いケースと比較されると、「自然にまかせていても妊娠・出産できる(かも知れない)のに、なぜ高い費用をかけて採卵・凍結するのか」と見られてしまう現実があり、健康保険の対象にはなり難いことも予測されます。
医学団体の見解も、日本産科婦人科学会は「推奨しない」とし、日本生殖医学会は「40歳以上は推奨しない等の条件付きで容認する」など、まだ統一の見解に至っていないようです。(注3)

一生のワークライフバランスを考える中で、計画的に卵子凍結を行い、将来に備える―という選択肢がふえることは、女性が大きな可能性を手にすることだと思います。
「女性が個々にがんばれば子供はふえる」というのが、これまでの少子化解消の発想の根底にはありました。しかし企業で地域で女性活用が欠かせなくなっている今、産むための環境整備と育てるための環境整備、両方がそろわなければ少子化をとめることはできません。
その責任を若い夫婦や女性だけに背負わせるのではなく、社会全体の問題として関心を持つことが必須だと思います。浦安市のプロジェクトは当初の予定どおり2018年度で終了してしまいましたが、わずか3年で結果が出るプロジェクトではないですよね。(注4)
今回、卵子を凍結した方たちが将来お母さんになったときに、このプロジェクトの大きな意義は正しく評価されるのではないかと思います。その日までプロジェクトは終わりではないですし、前向きに卵子凍結を見守っていきたい、多くの人に関心を寄せてもらいたいと思っています。

(注1)卵子凍結出産「温かい家庭ほしくて」決断(デジタル毎日)
https://mainichi.jp/articles/20160202/k00/00m/040/127000c
(注2)採卵手術はメスを使わない経膣手術で、細い針を膣壁から差しこんで卵巣にアプローチする。参考図書は香川則子著『私、いつまで産めますか? 卵子のプロと考えるウミドキと凍結保存』(WAVE出版)
(注3)卵子凍結保存 市民56%容認 大幅増、医療機関と差 岡山大調査
https://mainichi.jp/articles/20161014/ddm/012/040/044000c
(注4)卵子凍結 浦安市、助成終了へ 29人利用 市「フォローを検討」/千葉(デジタル毎日)
https://mainichi.jp/articles/20180209/ddl/k12/040/299000c

いつ、どこではじめるかを計画する

病院

では、病院で卵子凍結を行いたい、あるいは説明や検査を受けてみたいと思う人はどうしたらいいでしょうか。

卵子凍結をこころみた方にお話をうかがうことができました。美和さん(仮名)は37歳のときに卵子凍結保存のことを知り、「ここらで自分の状況を見てみようか」という気持ちになったといいます。「卵がたくさん採れたらラッキーだし、そこから子どもを持つことも具体的に考えればいいか」と思い立って取りくんだのだそうです。

しかし、卵子凍結を実施している病院自体はまだまだ少なく、まず突きあたる問題が病院探しです。不妊治療の口コミサイトで調べてみても東京に6軒、大阪に4軒、その他の地域については個々に調べてみるしかないのが現状。(注5)
とはいえ卵子凍結説明会・卵子凍結セミナーを実施しているところもあるようで、数は少ないとはいえ医療機関の意欲を感じることができました。(注6)
美和さんも、まずは「不妊治療をやっていて、体外受精の実績などをHPで公表しているところ」を調べ、「でもそこが未受精卵の凍結保存をやっているとはかぎらないので、直接問い合わせるしかない……という感じです」とお話しされていました。
これは不妊治療だけでなく、出産にも更年期障害にも言えることですが、いずれも女性にとっては(肉体的・経済的だけでなく)精神的にも負担となり得ます。疑問や質問に納得するまで答えてもらえるか、さまざまな不安を受け止めてもらえるか、事前にたしかめておくことはとても重要です。

また、「何歳ではじめるのがいいか」というのも大いに悩むところだと思います。早ければ早いほど若い卵子が採卵できていいのかな、と考えがちですが、「学生や社会に出たての女性がぽんと用意できる額ではないと思います。まして『将来、使うかどうかわからないもの』です」と、美和さん。もちろん人それぞれ事情が変わってきますが、30歳前後になってから考えるのがよさそうですね。
何歳が最適ということではなく、将来設計がある程度できて、自分は将来子どもがもちたいということがハッキリしてからなら、「より主体的に卵子凍結保存に関われるし、決して安いとはいえない額をそこに投じる意味も見えてくるのではないかと思います」とおっしゃっていました。

(注5)独身女性が卵子凍結できる病院一覧(不妊治療の口コミサイト コエル)
https://www.coeljapan.com/articles/egg-freezing-hospital/
(注6)卵子凍結に取り組んでいる機関にはセミナーを開催しているところがある。前回記事で紹介した生殖工学博士・香川則子博士のプリンセスバンクなど。
http://www.princess-bank.com/

卵子凍結だけが幸せになる手段ではないのに……

卵子凍結

ある飲み会での会話です。
30代になったばかりの編集者の香織さんは40代半ばの医療従事者の女性から「独身なの? 相手はいないの?」と聞かれました。年代バラバラの女子会で年上の女性から振る話題によくある、場がもりあがる話題ですよね。
ところが香織さんが、ずっと交際している彼氏がいて、でも結婚は急いでいない……と答えたとたん、相手の女性はスイッチが入ったように熱く語りだしたのです。
「じゃあ、卵子凍結だけはしておいたほうが絶対にいいわよ!」と。
まだ予定がないから、と笑顔で答える香織さんに、「予定がないから保存しておくのよ。今のうちにやらないと後悔するわよ。後からやろうと思っても遅いからね!」と、どんどん語気が強くなり香織さんは困ってしまいました。
香織さんが卵子凍結を勧められたのはこのときだけではなく、同じ職場の先輩からも強く勧められたそうです。
「女性としての可能性を広げるための情報」だから、ひとりでも多くの若い女性に知らせてあげたい、という気持ちはわかるのですが……。

「プライベートなことに口を出しているのに、実際の私の考えや生活には関心がないんです。アドバイスではなく、ただ言いたいだけ、聞かせたいだけ。『卵子凍結がいい、ぜひしなさいよ』と迫ってくる感じがいやでした」と、香織さん。
どうしてかわからないのですが、女性は「自分と生殖の関わりかたを語り尽くしたい」という欲求があるような気がします。私のように、卵子工学が進歩する前に女性としての生活をスタートしている年代の人たちは、自分の経験のなかでよかったことは教えたい、情報がなくてできなかったことがあると「若い人たちには経験させてあげたい」「後悔させたくない」、と善意から過剰な押し付けをしてしまうことがあるようです。

生殖と個人の生活とのかかわりは人それぞれですし、とても繊細なものだと思います。香織さんは、「子どもは好き。子どもや結婚を否定しているのではなく、急いでいないだけ」「養子縁組とかもありますし」と話してくれました。とても頼もしく、そして前向きな考え方です。
「急いでいない」というのは「急ぎたくない」という意味でもあるのです。それが香織さんとパートナーさんの“今”なのです。若い世代の人たちに選択肢を示してあげることはよいことですが、選ぶのはその人だということは忘れてはいけない、尊重しなければいけない、と年長者の一人として痛感しました。

自分らしい生き方を考える機会として

花

前述の美和さんは採卵はしたのですが、卵子が一つしか採れず、それが未熟な卵子だったため凍結は中断することにしました。20代で片方の卵巣を摘出していることもあり、
「あー、私は子どもをほんとに欲しいとなると、ものすごく大変なことをしなければならない人なんだな。そこまでしてほしいかな。そうでもないかもな」
と考えたそうです。どうしても続けるとなると多額の費用がかかり、精神的にも削られるということもわかりました。
「それでもほしい、の本気度が高ければ別でしょうが、『そのお金を自分の人生のために使いたいし、メンタルも削られたくない』と思いました。要は、そんなにほしくなかったんだな、と気づいたのです」
というのが、美和さんの得た結論でした。

美和さんがここまでしっかりと「生殖と人生」について考え、究極することができたのは、卵子凍結にトライしたからだと言えるのではないでしょうか。その人の性格にもよりますが、何となく歳を重ね、うんと先になってから「やっぱりできなかったな」とあきらめるより、生殖の可能性をある程度数値化してからその後の人生を設計する、という生き方はとても積極的で理知的だと思いました。
何があるかわからないのが「生殖」という神秘の世界です。不妊治療をあきらめて何年も経ってから妊娠する人もいます。卵子が活発な20代の出産なら絶対安心かというとそうとは言いきれません。ほかの年代よりは低いとはいえ、10人に1人は流産しているのです。
ここまでテクノロジーが進歩しても、大きな奇跡が起こることもあれば過酷な結果がもたらされることもあり、そこは人間のコントロールの外、神の領域なのでしょう。そのなかで、女性の皆さんが「何が何でも妊娠を!出産を!」と無理するのではなく、妊娠する可能性の高いとき・子どもを受け入れる環境の整ったときを自分で選べるようになるといいな、と心から思います。(注7)

最後に美和さんからいただいたメッセージがあります。
「一般的な不妊治療と違い、卵子凍結保存は『いますぐ欲しいわけじゃない』のでまだ考える余裕があると思います。不妊治療だとつい近視眼的になっちゃって、自分を追い込む女性が多いですよね。そうなってもなんらおかしくないほど、大変なことだと思います。
子宮と卵巣、ほんとオンナの人生を振り回してくれますよね〜。若い人には『振り回されなくて良いんだよ!』と伝えたいです」
この言葉で心が楽になる女性はたくさんいるのではないでしょうか? 私はもう女のイベントは閉経まで終わりましたが、思い返すと子宮と卵巣に振り回されたことは多々あり、誰にも相談できずにつらい思いをしたことも一度や二度ではなかったなあ、と思います。
どうか、「いつ産もうか」「まだ産めるかな」と悩んでいる人に、一人でも多くの女性にメッセージが届きますようにと祈ります。

(注7)一例として、米国では25年間凍結保存された卵子による出産例が報道されている。卵子の提供者と出産した母親は別人。
「25歳のママ、同い年の赤ちゃん産む?25年前に凍結された受精卵で出産したよ」(ハフィントンポスト 2017年12月22日)https://www.huffingtonpost.jp/2017/12/22/embryo_a_23314845/