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LIFE & BODY

きれいと健康を持続させるダイエット<前編>
~アクセルを踏まず、急ブレーキをかけず~


なぜいま栄養失調に?

栄養失調

2017年5月、フランスで驚くべき法律が施行されました。それは「ファッションモデルは痩せすぎでないことを証明する医師の診断書を提出すること。
違反したモデルを起用した雇用主は、最大7万5000ユーロ(約930万円)の罰金および最大6カ月の禁固刑を科せられる」という厳しいものでした。
フランスでは約4万人が拒食症にかかっており、そのうちの90%が女性だという深刻な現実が背景にあり、これを改善するために政府が動いた結果だったようです。
多くのメゾンがファッションショーを開催するフランスでこのような法律が可決したことにより、世界の美の基準が「太めの身体」に向かうのかどうか、注目を集めたニュースでもあります。
みんなが求める理想の身体はこれまでよりビッグサイズになっていくのでしょうか?
そうは言っても街でショーウィンドーを飾る美しい洋服、そのほとんどはスラリとした人に似合うものばかり―それは変わりないような気がします。
特に私たち日本人は、欧米人のモデルより身長が低く、手足が短いのです!
せめて横幅を細くしてプロポーションを整えたいと思ってしまいます。
欧米だけでなく、日本でも痩せすぎに関する問題が起きています。「現代女性に栄養失調が多く見られる」という話です。
ちょっと検索しただけで、「戦後最悪の栄養状態」とか「北朝鮮と変わらない」などの文字が目につきました。
これだけ美味しいものがあふれる日本で、そんなに栄養状態が悪くなっているなんて、にわかには信じられないですよね。
実際どうなのか、総務省統計局刊行の『第六十六回 日本統計年鑑 平成29年』のデータを調べてみました。(第24章保健衛生 P582)
平成12年から26年までの14年間のデータだけですし、男女混合の数値ですが、総エネルギー量、タンパク質、カルシウム、ビタミン群のすべてで栄養摂取量が年々減少しているのはちょっと怖いような気がしました。
さらにネットの記事を拾っていくと、低体重児の出生率が高くなっていることを指摘している産婦人科のお医者さんもいました。妊娠前から母体が栄養失調気味なことが原因だ、という深刻な指摘です。
また皮膚科や美容各科の先生からは「女性なのに薄毛がふえていること」「年齢以上に肌の老化が進んでいること」などが挙げられていました。
若年性の骨粗しょう症や脂肪肝、貧血など、身体の外にも内にも深刻な影響があるようです。
私は、読者さんたちの親御さんの年代ですから、皆さんには健康な一生を送ってほしいと思います。
過激なダイエットで出産が大変になったり、まだ若いのにアンチエイジングを開始するほど肌の活気を失ったり、ということがとても心配です。
しかし、私は皆さんに「過激なダイエットはやめて! それはとっても愚かな行動ですよ!」
などとは言えません。
実は私自身、過去10年から15年にわたって間違ったダイエットを繰り返し、取り返しのつかない結果を招いてしまったので、とてもそんなお説教めいたことを言う資格はないのです。
今回は私の『しくじり先生』として読んでもらえたらいいな、と思って書いています。

「何度でもかんたんに痩せられる」という思いこみ

食事

私が太っていた時期のことを知っている人は、ほとんどいません。
いちばん太っていた48歳のときは今の体重+10キロ以上ありましたが、自分で自分の写真を見てショックを受け、その前後何年かは写真を撮らなかったからです。
自宅に帰ってきちんと家事をすることもやめてしまい、仕事場に若い男性と泊まり込んでおり、その男性の言いなりにだらしない生活を送っていました。
夜中にラーメンと炒飯を食べるような食事をし、家族や友人と出掛けることもなくなっていったので、この時期の私を知っている人は少ないのです。
そんな、精神的に不健全な状態だから太ったのか、太り続けることで精神不安定になっていったのかはわかりません。
自分の身体をどうしたらいいかわからないので、自分に向き合うのがイヤになり、写真を撮らなくなりました。
手持ちの服はすべてサイズが合わなくなり、駅の構内に吊るしで売っているペラペラの服を着て、母親に「どうしてそんな格好するの?」と嘆かれたこともありました。
数少ない仕事で顔を合せる女性の知人には、「太りましたね?」と驚かれましたが、私はそれでも平気な顔をしてヘラヘラしていました。太っても、簡単に痩せる自信があったからです。

私は27歳と31歳で出産していますが、35歳のころはまだ仰向けに寝ると、お腹はなめらかに平らでした。このころは、ママ友とエアロビクスをやっていました。
しかし、離婚した38歳ぐらいからお腹に頑固な脂肪がつきはじめ、通勤を辞めてライター専業になった40歳からは運動不足も重なり、食べれば食べた分だけ脂肪になっていきました。
今思えば、このときジムに通うなり、エアロビを再開するなりすればよかったのだと思います。
しかし、私はそういう前向きな努力ができませんでした。一日座って書き物仕事をし、お昼はマンションの一階にあるスーパーでおにぎりなどを買って済ませ、歩いて二分のところに開店したエステサロンに行くのが唯一の外出、という日もしばしば。
サロンに通ったのは痩身目的です。エンダモロジーで痩せようとしましたが、まったく効果が出ません。
わりと固めのお肉がついている人はみるみる効果が出ましたが、くたびれた革財布のように全身の脂肪が下へ下へとぶら下がっている私には、まったく効果が表われずお金のムダになってしまいました。

体重減少に加速が付き、不健康にまっしぐら

思いこみ

そのうち、仲よくなったモデルさんが、「お酒だけ飲んでいれば三日で痩せる」と言うのを聞いてしまったのです。
きれいな、スタイルも良い人でした。三日間、お酒だけは好きなように飲んでもいい。その代わり、食事は一切しないという乱暴きわまりないダイエットでしたが、やってみると即効一発でした。
本気で食事制限をするのは、やったことのある人ならわかるでしょうが、結構つらいものですよね。いつもの半分量ぐらいでやめるとか、好きなお菓子やお肉をがまんするというのは、精神的にきついのです。
しかし「飲酒ダイエット」はビールなどを好きなだけ飲んでいいので、一瞬だけ空腹感が満たされます。
私はビール好きなので、精神的に幸福感も得られました。しかも体質がお酒に強くないので、すぐ眠くなり、お酒太りするほど飲めません。
これを毎日繰り返すうちに、まず食事を抜く習慣ができあがっていきました。一日二度のビールだけで過ごしても、苦にならなくなっていったのです。
体重はみるみる減って、すぐに目標としていた48.5キロになりました。ビールと一緒にポテトチップスを一袋食べることがありましたが、それだけでは太れないものです。
「これこそ楽ちんダイエット」と悦に入っていましたが、困ったことが起きました。いったん痩せだした身体は加速がついたようにどんどん痩せて、48.5キロで止まれないのです。
降りる駅が来たのに、電車が快速で停まってくれない。そんな感じです。

45キロを切ったあたりから、怖くなって体重計に乗らなくなりました。
あわてた私はいったん飲酒ダイエットを中断し、また普通食に戻します。ダイエットに失敗したというストレスから、好きなものを好きなだけ食べないと収まりません。
ビールとポテトチップスで動かしている身体はタンパク質やビタミンをほしがっているのに、そんなのは無視して、ケーキやフライドチキン、ピザ、ラーメン、カレーなどを食べまくります。
運動もしません。また、太りすぎたら飲酒ダイエットに切り替えればいいのですから。そして、事実そのようにしました。
これを何回繰り返したでしょうか……私はデブとヤセのあいだを行ったり来たりしましたが、どちらになってもグズグズと全身の皮膚がたるみ、バストもヒップも雪崩のように位置を下降させ、どんどんみっともなくなるばかりでした。

母の最期に教えられたこと

更年期

いつしか40代半ばになり、更年期がはじまっていることに私は気づいていませんでした。気づかなかったのは、私の更年期障害が軽かったからです。しかし、それは最初のうちだけでした。
朝、目が覚めても全身がしびれて起き上がれないということが続きました。ヘアサロンのシャンプー台に横になったまま、関節がぜんぶ固まってしまって起き上がれないこともありました。
だんだんほかの症状(鬱や高脂血症など)も出てきて仕事をするのもつらくなり、重症の更年期障害になっていきました。
更年期による女性ホルモンの急激な低下と、タンパク質不足による筋力低下がみごとにデュエットした結果です。
タンパク質や酵素を摂らない私の身体は、女性ホルモンに代替するホルモンを作ることができなかったのだと思います。それまで豊かだった毛量も、それどころか陰毛まで減ってしまい、一気におばあさんの身体になりました。
母には何度も、「ちゃんと三度食べたほうがいいのでは」「もっと食べたら」と言われましたが、私はもう食べられなくなっていました。
食事を抜くのが習慣になり、そしてこれが不思議なのですが、「痩せようと思ったら急激に痩せられる自分」は、自分の身体をコントロールできている人なのだと、そう思いたがっていました。
60代、70代になっても食欲を持ち続ける母に口出しをされるのがいやで、「私はお母さんと違うの! 胃が弱いから食べられないの!」といちいち言い返していました。
そんな母は、私が52歳のときにスポーツクラブのお風呂で倒れて急死しました。大動脈解離という急性の発作で、すぐにAEDで救命処置が取られましたが助かりませんでした。

私が動転して救急病院に駆け付けたとき、母はお風呂場で倒れたので全裸でした。乳房もふっくらして髪も豊かで、死体だと言っても信じられないぐらい、肌が真っ白でつやつやしていました。私よりずっと若々しく、女性らしく見えました。
母の最期を目の当たりにした日から、少しずつ考え直すようになりました。絶食して体重を激減させ、暴食してブヨブヨに太る―この繰り返しを行うことの、どこがコントロールでしょうか。せっかく命をくれた母に、申しわけない気持ちにもなりました。
コントロールというのはもっと丁寧に、時間をかけて、全体を見ながら行うことなのではないか。長生きではありませんが最後まで長患いすることなく、女性らしいきれいさを保ったまま旅立った母をお手本にしようと、やっと気づくことができました。

<後編へ続く>